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医療においては、内容の「適切性」も、積み上げによるコストの規定もできないので、医療費の総額も、その大まかな分野別の配分も、過去の実績によって大きく規定されています。
つまり、昨年度の医療費が30兆円であり、またその中で精神科関連の医療費が2兆円であれば、今年度もその近辺に落ち着くことはほぼ確実です。
それは2つの理由によります。
1つには、保険料や政府の歳出に占める医療支出の割合、および各分野への配分を大きく変えることは、保険料や税を納める側にとっても、それによって生計を立てている医師・医療関係者の側にとっても難しいからです。
もう1つは、現在提供されている医療サービスの内容を変えることも非常に難しいためです。
たとえば、今まで頭痛の患者に対してCTスキャンを使って撮影することに慣れていた医師、また撮ることを期待してきた患者の双方の行動パターンを変えることは至難の業です。
しかし、技術進歩によって新しい薬や検査機器が開発され、また国民の医療に対する要求水準も次第に高まっています。
したがって、医療費の伸び率をGDPの伸び率の範囲に硬直的に抑制すると弊害が表れますが、他方において、どこの国でも医療財源の確保に苦労しています。
こうした難問を解決するうえで、次の3つの課題について本節で検討します。
第1は、医師・医療機関の質とコストを評価し、質の担保と向上のエビデンスを提示することによって、財源確保について理解を得ることです。
第2は新しい技術を保険で給付するかどうかの決定プロセスと基準、および第3は施設の整備計画と医師などのマンパワーの養成計画で、これら給付基準とストックに対する対応の方が、医療費の伸び率を長期的に規定するうえで、現状のフローに対する規制よりも重要となります。
医師・医療機関への支払いは、どこの国においても、国・保険者との交渉で決めた医療費全体のパイとその配分の枠組みの中で医療サービスが提供されたかどうかをチェックし、また何らかの質の評価を行ったうえでなされています。
つまり、提供された医療サービスを評価する体制が必要で、こうした体制を構築、維持するためにも双方の協力が不可欠です。
そして評価する際には、医療技術の専門知識を有し、制度の仕組みにも精通した医師の存在は不可欠です。
さて、医療の質には様々な側面があり、中には親切な対応、快適な療養環境などサービス産業と同じ次元で評価できる要素もあります。
しかし、最も重要なのが、医師が個人として、また専門職集団として保証している専門技術的な側面の質であり、それは次の3つの方法で評価されます。
これらに共通するのは、絶対的な基準による評価ではなく、全体(国、地域、団体等)の標準と比べてどれだけ逸脱しているか、という観点から相対的に評価している点です。
しかしながら、いずれにおいても、標準から著しく逸脱し、患者の安全が損なわれる危険性があれば、保険機関としての指定取り消し、医師免許の停止も辞さない強い対応が必要です。
第1の評価方法は「構造」の評価で、具体的には患者当たりの医師数、看護師数などが標準の人員と比べて少ないかどうか、病室の面積が狭くないかなどです。
つまり、100人の入院患者を1人の医師で診るのは、どんなに優れた医師であっても難しいため、患者当たりで一定の医師数がいないと医療の質は確保できない、ということが前提となっています(ただし、逆に何人ならば絶対安心という線を引くことはできません)。
また、1ベッド当たりの面積についても、たとえばベッドがひしめき合っている状況では感染の恐れがあったり、プライバシーも侵害されるので質が低いと評価されます。
第2は、「プロセス(過程)」による評価で、専門家があらかじめ「適切」と合意した方法に沿って医療が提供されたかどうかを後から見ていく方法です。
たとえば、糖尿病の患者であれば、それに対応した検査や治療の基準(指針)が設けられ、この基準に照らして実際にはどのように治療されたかを評価する方法です。
第3は、「アウトカム(結果)」の評価で、手術などの治癒率がそれぞれ他の医師・病院と比べてどうかを見るものです。
これらの方法にはそれぞれ問題があります。
まず、構造の評価の場合は、医師であればその質は問われず、免許を取り立ての医師も1人、ベテランの医師も1人、と数えるだけでは、患者の信頼を得ることができません。
そこで、諸外国では、専門医の資格制度において、所定の研修を修了し、試験に合格した場合に認定し、さらに更新する際も実績の提示と試験を課しています。
しかし、このような制度を構築するためには、専門医としての必要要件について合意したうえで、各医師の実績(手術等の実施件数等)をデータベース化し、モーターする必要がありますので、完成するまでに長い年月が必要です。
第2のプロセスの評価を行うためには、まず専門学会などが統一的な治療指針(ガイドライン)を提示する必要がありますが、きめ細かい指針を作成し、硬直的に適用しますと、患者の個別的な特徴に十分対応できなくなる危険性があります。
しかし、指針を大雑把に作りすぎると、どんな治療を行っても適合することになります。
つまり、理想的には患者の個人差を最大限に尊重し、医師の個人差を最小限に縮小したいのですが、前者を重視すると後者が軽視される危険性があります。
次に、そもそも状態や治療内容を記録する必要があり、記載されていなければ順守していないと評価されますので、形式主義に陥る危険性があります。
また記録をスクリーニングしたうえで、最終的には同じ専門領域の医師による評価が必要ですので、コストがかかる割に効果が乏しい危険性があります。
そのうえ、本来ならば過剰も過少も問題となるはずですが、支払いとの関係では過剰のみが取り上げられます。
ちなみに日本では、治療内容の適切性が、レセプト(支払明細書)に記載された病名と治療内容の関係で評価されますので、審査をパスするための「保険病名」をつける習慣が定着しています。
こうした障壁を乗り越えるために考案されたのが、クリニカル・パスという手法です。
クリニカル・パスでは、各病院のマンパワーや設備の条件下で、専門学会の指針や医学研究の成果に沿うように、それぞれの病気に対応して、入院1日目には○○の検査と××の投薬を行い、2日目には手術し、3日目には……というように提供する標準的な医療サービスをあらかじめ規定したパス(経路)を用意します。
さらに入院日ごとに患者が順調な経過をたどった場合の状態(安静の程度や食事の取り方で)も示され、それからはずれていれば、それに即した対応に切り替わります。
クリニカル・パスのメリットは、当該病院としての最適なサービスが標準化されるだけでなく、同じ病気であれば、どの医師であっても治療内容は同じになるので、看護師の業務は効率化され、医療事故の減少にも役立ちます。
また患者にも簡略化されたパスが提示されるので、入院中の医療サービスの内容が1日ごとにわかり、情報が共有されます。
さらに電子カルテでパスに沿って医師がオーダーし、モニターできればいっそう効率化できます。
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